不登校息子+親介護+単身赴任夫=思秋期なあたくし。

怒涛のようにやってきた不登校と介護と夫の単身赴任の荒波を、更年期のあたくしがサーフィンする日々の記録です。

秋の夕日を背に冬支度を急ぐ

父の健康寿命は68歳の秋で終わりを迎えた。

以来12年が経過し、ますます厄介なジジイになってきた。

「転んだらどうするんだよ」、に始まり

火傷したら、虫に刺されたら、暑かったら、痛かったら、痺れが出たら、汚れたら、眠れなかったら、便秘したら、下痢したら、足りなかったら、届かなかったら、間に合わなかったら、と、

○○になったら、どうするんだよ💢と

日々の身の回りのあらゆる事に対し自己規制し、自発的に行動を起こさない人、

それが父なのだ。

 

そんな父を傍らで介護をしてきた母の心の健康が、いよいよ怪しくなってきた。

「これがワタシの運命」。

「何ひとつ報われることはなかった」。

これが母の口グセで

これを耳にするたびに、ススキ野原に置き去りにされたノラネコになったような気持ちになる。

母にはわたくしが見えない。

母の日常に、わたくしの支援は足りていない。

母は孤独で不幸で貧乏で、

母の毎日は父の介護時間に縛られて不自由なのだ。

こんな毎日から救い出してくれよ、と、いう意であろう言葉が加わった。

「最後の5年くらいは軽やかで爽やかな気持ちで生活したい」、と。

わかった。

パパ亡き後、ママの健康寿命5年を自由に全うしたいのね?いやいや、パパは死にそうにないから今からもう、楽しまないと間に合わないわよ!

そう捲し立てて、

母唯一の癒し時間をガーデニングに、と、土やら砂利やらを30キロほど授けてきた。

 

親不孝だなぁ。

対策はしてきたのだが、

父と母の老化のペースに間に合っていなかった。

…間に合わなかったら、どうするんだよーと止まらず策を練らなければ冬になってしまう。