あの子は、素材的にいったら熱伝導率が高い人なんだと思う。
側に居ると、知らず知らずのうちにあの子のペースが伝播して朗らかになれる。
例えば、クラス対抗リレーで。
前走者がバトンを落として抜かれていく。捨て鉢になった次走者がダラダラ走りビリに。しかし、アンカーのあの子は手にしたバトンを高らかに突き上げ、ゴボウ抜きをやってみせた。バトンを落としたメンバーの心を救済し、ダラダラ走ったヤツを無言のうちに罰したのだ。
そういう事ができるあの子を、人間として好きだった。
転校してしまったあの子と、大人になっても時折近況報告していた。
もう26年も前の事になる。
朝、TVをつけると、あの子が住む街が崩壊し、火の手が上がっていた。
前日、旧友たちと宴があり、あの子も上京してきていた。今後もがんばろうとグラスを打ちつけて笑いあったばかり。
あの子は夕方の新幹線で帰っていったはず。なのにあの子の街が燃えている!
呆然である。
爆撃を受けたように崩壊している街をヘリコプターからの俯瞰映像で観るのが苦しくてTVを消して過ごした。
それからの数日、ラジオで読み上げられる震災死者の名をラジオから聞き漏らすまいと耳を傾けて過ごした。
オフィスの窓からは、東京駅から出発していく新幹線が見えたのだが、その普通すぎる姿が憎々しくてならなかった。
数日後、旧友の1人から、あの子の無事が知らされた時には、ヘナヘナと力が抜けてしまった。
「避難所で手伝ってるらしいよ」、そうか、あの子らしいね、と胸を撫で下ろしたのだった…。
多くを語らないあの子だが、後日、あの日、瓦礫から突き出る手を掘り出し、いくつかの命を引きずり出す事が出来たのだとだけ教えてくれた。
壮絶な体験は、当事者でなければ同じだけわかってあげられない。
俯瞰映像の下で命が燃えてしまいそうになっていたのだ。その事実を、聞いただけで知った事にしてはいけないのだ。
「父さんになりなよ!ぜったいに向いてるから!」と。
「息子でも恋人でも夫でもなく、お父さんが1番似合うよ!」と。
結婚が遅すぎるあの子に、たまに開かれる同窓会でお節介な言葉を投げかけてきたが、ホント、余計な言葉だったよな、と至極反省している。
そして近年、あの子が父親になったらしい!と嬉しい情報がもたらされた。
あの子を思うだけで熱伝導で、こちらまで嬉しかった。
さぞ朗らかな家庭であることだろう。
わたくしは、あの子の正義を今でもやっぱり尊敬している。
どうかどうか、沢山たくさん幸せに…