もう20年前の話になるのだが。
地元の仲良しカップル達と梅雨の合間に出かけたキャンプサイトの夜、
わたくしは、もう一度だけ誰かを好きになってみたいな、と、思った。
当時の私の心はいっぱいいっぱいで、混んでいて、
何かや誰かが入り込む隙もなかったのに。
恋愛を生涯の約束に変換した2組の友人を前に、こう考えたのだ。
今日一日の終わりに集うテーブルで、
コーヒーを飲みながら
静かに
お互いの日記を報告するように
お話しできる相手が欲しいなぁ。
もう、恋愛の駆け引きすることももなく
背伸びもせず
無論、ウソ泣きもせずに済むようになりたいっ!
そうしてその年の秋の始まりの日、わたくしは一人で婚姻届けを提出した。
彼は病床にあり、どうしてもその日を結婚記念日にしたいと願っていたから。
区役所の夜間受け付け口で警備員さんが届を受理してれ、
「おめでとうございます」と声を掛けてくれた。
その後のわたくしたち夫婦は見事なまでに心のソーシャルディスタンスを保ちながら
穏やかに
・・・いや、冷ややかに過ごしてきた。
息子は、そんなわたくしたちの鎹(カスガイ)ではなく楔(クサビ)だ。
時に夫婦を分かつように働き、
時に夫婦が離れられないように圧迫する働きをする。
週末、息子の件で夫と話し合わなければならなかったが
夫にひとことも声を掛けることができなかったわたくし。
夫もわたくしから視線を敢えて外すようにして過ごし、先ほど
「よろしく」
と捨て台詞を残し単身赴任先に戻っていった。
雨が打ち付ける窓の外にムクゲの花がうなだれている。
花弁をのぞきに行くと、ふわふわの花粉を纏った蜂が雨宿りしていた。