センダンの木の実。
千もの実をつけ、花粉舞う空を背景に団子のように揺れている。
わたくしは介護系の職に就いており、この川沿いの道を通るたびに
【栴檀は双葉より芳し】と唱える翁を送迎していた。
息子の不登校初期であったその頃、ヤサグレていたわたくしは、翁の言葉に反抗的で
「ウチの息子は赤ん坊の頃から頑固で、その兆しはあったんですよ」
なんて答えていたっけ。
川沿いのセンダンは別のものであることを、浅はかなわたくしは最近知ることになった。
川沿いのセンダンは花が香る。その香りはわたくしの大好きなチョコレートのような香りで、白檀の高貴で重厚な香りとは程遠い。
博識で無口だった翁は、わたくしのチョコレート好きと息子の不登校を知っていて
敢えて応援するような気持で【栴檀は。。。】と唱えていたと思われる。
翁は、既にこの世を去った。
最後に翁を自宅マンションへ送り届けた冬の日のことをよく覚えている。
「日が長くなりましたね」と話しかけると翁は
「芳しい花が今年も見られるだろうか」と答えた。
バックミラーにいつまでも手を振る翁の姿があり、それが最後となった。
さて、今年、センダンが花咲くころ
息子は、この地には居ないだろう。
【栴檀は双葉より芳し】と、川沿いのセンダンの千もの実を
息子に当てはめて天国の翁に報告するなら、こんな感じだろうか?
・・・生来頑固で不器用な息子である。その生来の姿のまま成長した。
子供の時代、センダンの実のように千もの可能性があったことであろう。
不登校を経て、多くの選択肢の中からその一粒を握りしめた。
奇しくもセンダンの原木が多く自生する四国地方で青年時代を過ごすことを自ら選び、この春、旅立つ。
翁よ、見守りよろしく!