息子は中三。
カマキリみたいに眼光鋭く、いつもわたくしを睨みつける15歳。
いやいや、カマキリのほうがよほど可愛らしい目をしているではないか💦
先日ご近所に住まう下級生が体調不良で、
教科書ぎゅう詰めの鞄を持っての登校がドクターストップと聞いた。
では、学校に置きっぱなしにしたらよかろうと思い、
息子のサラに近い教科書提供を申し出たら
「受験生の教科書を奪うのは心苦しい」と丁重に断られた。
来年、息子と入れ違いに中学に入学してくる小6男子のママと遭遇。
息子の状態の良い制服と鞄と体操服とジャージと柔道着と上履きとスパイクとウエアなどを提供したい、と申し出ようとしたが遠慮してしまった。
新中一生にお古(おふる)を、という土地柄ではないかもしれない、そう考えて遠慮したように思考を自己処理していたのだが、
真実は、こうだ!
新中一生に、我が家の偉大なる不登校パイセンのお古(おふる)を、どうぞ、とは気が引けて言い出せなかったのだ。
あらららら。
わたくしとしたことが。まだこの案件にペインスケールを持ち出さねばならないだろうか?
【不登校】ってやつに誰が対峙しても痛みはゼロではないと思う。
そしてわたくしの痛みは傷みに変わってきた感覚だ。
痛みじゃないから治らない。飛んでいかない。
不登校により生じた永遠の欠落を認識しつつ・・・。
わたくし的には帝王切開の跡みたいに。
出産したけど帝王切開だったから陣痛知らないんだよね、っていうのが
生みの苦しみを昨日のことのように語るママたちの武勇伝の前では
風の前の塵に同じ、に同じ。
婆ちゃん達は孫の不登校をお互いの娘、息子のせいではない!と主張し
婿、嫁をディスる。あるある。
「学校に行ってくる」と夕闇に紛れて出て行った息子が、
すごいことになっている成績表を悪びれるふうもなく持ち帰った。
お行儀良く並んだ1。
よく見ると、出席日数のカウントがおかしい。多すぎるっ!
誰かと間違っていたら気の毒なので担任に電話をかけたが、すでに帰宅してしまわれていた。ラッキー(^^♪ いやいや、どうなの?
「文化祭も、もう終わっちゃったんだってさ」。事も無げに言う息子に
「あれ?行ってみたかったの?」。そんなわけはないのに問うてみた。
急性期を過ぎ、安定的な不登校を継続している息子の存在が希薄になっている。
平和な証拠だ。平和ボケだ。
「模試を受けてくるから」と出かけていった息子
その姿を駅で見かけた!というママ友から驚いたふうにLINEが来た。
→それでも高校には行くつもりなの?
・・・。
←ウーン。そうなのかなぁ、そうなのかもしれないけれど。
→大丈夫なの?塾とか行っているの?
←大丈夫なのか、塾とか行かなきゃダメそうなのかもわからないから模試受けるって出て行ったんだよねぇ・・・。
よほど、余所のママのほうが息子の行く末を心配してくれている。
息子よ。母は、なーんにもわかっていない。
わかったふうを装うのも止めたので、君の人生をどうしようもこうしようも考えていない。高校に行きたいなら行け!行ける所へ。行きたくないならそれもいいだろう。
進学については意見しないと決めた。
すれば、それは君の今を否定することになるから。
君は学校や全ての競争から離脱し、家庭に逃れてきたんだ。
母は飯を作り健康をサポートした。再びあっちへ戻るというなら・・・
それこそ今どきふうに言うなら「身の丈に合った」場所を求めて行け!
もし、アドバイスを求められるなら
老子を学べよ、と言おう。
君にはきっと理解できるであろう不争である。ふむふむ。